趣旨

二人のアイルランドの文学者が19世紀から20世紀へ移行する頃、日本と出逢い、両国に流れる心や伝統の葛藤を自らのものとして、斬新な作品を作りあげた。一人はアイルランドの国民的詩人・劇作家W. B. イェイツであり、もう一人はギリシャ出身の母をもち、父の国アイルランドで育ったラフカディオ・ハーン(小泉八雲)である。この公演は、2017年が日本とアイルランドの外交関係樹立60周年となるのを機に、「狂言」という日本の伝統的な演劇表現によって照射することで、改めて両国の基層にある相違と共通性を再認識し、将来へつなぐ試みである。

公演の演目の一つは、イェイツがアイルランドの伝承を元に「狂言」を意識して書き上げたという演劇『猫と月』で、日本の狂言界を代表する茂山千五郎家が、母国アイルランドで初演する。イェイツは終生日本に来ることはなく、『猫と月』も狂言として完成された作品ではなかったが、茂山千五郎家はイェイツ生誕150周年の2015年、「狂言」としての演出を施し、神戸で世界初演を行った。今回は里帰り公演ともいえ、同時にアイルランドの劇団が、英語による原作のままの『猫と月』を西洋演劇として上演する。このことにより、原作に内在する2つの文化的原点を、2文化の演劇形態により提示し、日愛の文化的相克と共通性を再認識させる。

新作狂言『猫と月』初演(2015年) 写真提供:神戸学院大学
スライゴーの劇団ブルーレインコート・シアター・カンパニー『猫と月』 Fiona McGeown as the Lame Woman in The Cat and the Moon. Photo Peter Martin.

一方、今回、千五郎家はハーンが「再話」した日本の民間伝承を狂言化し、世界初演する。ハーンは世界を放浪した末に日本に辿り着き、失われんとする民間伝承にアイルランドと通底する響きを聞き取った。それを「再話」という手法によって自らの英語作品とし、普遍の域に高めた。ハーンの作品を狂言という伝統の舞台に乗せることで、日本の民話を描きつつも、その民話を見つめるハーンの視点とその奥にあるアイルランドの心を映し出し、2文化の個性と調和の姿を示す。

世界が本格的なグローバル化の緒に就いた1世紀以上前、アイルランドと日本という異質な文化の邂逅により産み出された芸術作品が、伝統と現代性のある狂言という手法に出逢うことによって、新たな息吹を吹き込まれ、世界に発信されることとなる。日本の古典芸能、狂言の新たな可能性が模索されると同時に、日本とアイルランドの基層にある異質性と類似性を改めて提示したうえで、未来へ目を向けることは、大変意義深く今後の展開も期待できる。